誘起高秩序液晶相の物性と電子材料への応用
柔軟性と丈夫さを併せ持つソフトマターは、生体から電化製品まで様々な分野で利用されています。代表的なソフトマターには、ポリマー、コロイド、ゲル、液晶、生体組織などが知られますが、その中で私達は、液晶およびその複合系を対象とした物性実験を行っています。液晶は結晶と液体の中間相であり、液体的な流動性と結晶としての構造・光学異方性を示すのが大きな特徴です。フラットパネルディスプレイの他、光学素子、温度計、化粧品などにも広く使われており、日常生活になくてはならない材料の一つと言えます。
私達が興味を持っている研究対象の一つに、スメクチック(Sm)液晶の自発的な構造形成と非平衡ダイナミクスがあります。スメクチック相(Sm相)とは、棒状分子が分子長軸方向に積み重なった層構造を持つ液晶の総称で、層面内の分子の位置秩序の度合いで細かく分類されています。その中でもっともよく知られるSmA相を図1(a)に示しました。この相は面内の分子位置秩序が短距離的な二次元液体で、生体膜の基本骨格として有名です。図1(b)は逆に最も結晶に近い長距離分子位置秩序を持つSmE相(ソフトクリスタル相とも呼ばれる)です。このSmE相が最近、有機半導体材料として注目されるようになってきました。液晶は一般には絶縁体ですが、SmE相には10cm2/Vsという高いキャリア移動度を示すものがあるとわかったためです。しかもSmE相を薄く作ると、均一で配向性のよい薄膜を自発的に形成します。これは、半導体薄膜の製造プロセスにおいて液晶の自己組織化が効果的に機能することを意味します。高い移動度と成膜性という優れた性質から、今後の発展が期待される半導体液晶ですが、SmE相を示す化合物の種類が限られていることが、一つの課題となっています。
私達は最近、単純な構造を持つ2種類の液晶化合物を1:1の割合で混合すると、安定なSmE相(誘起SmE相と呼ぶ)が得られることを見出しました。2つの分子はそれぞれ弱い電子供与性と受容性を持っているため分子間で電荷移動が生じ、高秩序相が形成されます。詳細な構造解析の結果、この誘起SmE相の層面内では、2種分子が一列ずつ交互配置してヘリンボーン格子を形成し、単体のSmE相より低い対称性を持つことがわかりました。したがって誘起SmE相は通常のSmE相より高い電気光学異方性を示すと考えられます。さらに、誘起SmE相で薄膜を作製して層法線方向の外場を印加したところ、膜上下の対称性と同時に鏡面対称性が失われ、膜に回転機能が発現することを明らかにしました。このように特殊な性質を持つ誘起SmE相ですが、単純な化合物の組み合わせで自発的に形成されるため、多種類を簡便に得ることができます。私達は、電荷移動型Sm液晶相の基礎物性、特に電気物性を明らかにし、有機半導体薄膜への応用に役立てたいと考えています。
多辺 由佳
たべ ゆか
早稲田大学 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻
先進理工学専攻・教授
プログラム担当者
専門:ソフトマター物理
- KEYWORD
- 電荷移動液晶
ソフトクリスタル
スメクチック薄膜
- 略歴
- 1987年3月 東京大学工学部物理工学科卒業
1989年3月 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻修士課程終了
1989年4月 工業技術院 電子技術総合研究所 超分子部 研究官
1996年8月 東京大学大学院より博士(工学)号取得
1996年9月-1998年5月 ハーバード大学物理学科 博士研究員
1998年10月-2001年9月 科学技術振興事業団 さきがけ研究21研究員に併任
2001年4月 独立行政法人産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門
主任研究員
2001年10月-2004年9月 科学技術振興事業団ERATO「横山液晶微界面P」
推進委員併任
2005年1月 科学技術振興機構SORST「液晶ナノシステムP」
実験系 グループリーダー併任
2005年4月 早稲田大学理工学部応用物理学科 教授
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