大規模化学プラントのほとんどは、触媒反応を利用して運用されています。触媒反応を進めるには500 〜700 度もの高温に加熱する必要があり、膨大なエネルギーを要するのが現状です。これをもし低い温度で実行することができれば、エネルギーの消費を大幅に抑えつつ、ほしいときにほしいだけ手軽に触媒を利用できるようになります。私の研究室では、こうした低温でも作動可能な触媒システムの研究開発に取り組んでいます。その一つが触媒に弱い電場をかける方法で、これにより、わずか150 度ほどの温度でも水を原料として十分な速度で水素を作り出すことに成功しました。さらに、電場の中で反応中の触媒の状態を観察することで、そのメカニズムの立証にも成功。これが、表面イオン伝導の作用を利用した新しい触媒反応メカニズムです。
従来の触媒反応は、高温下に置くことで分子が動くのを待つ、言わば「鳴かぬなら、鳴くまで待とう」のスタンスでした。それに対して私のグループが研究する技術は、外部から電場をかけて分子を動かしてやる、つまり「鳴かせてみよう」という能動的な制御であり、これまでの教科書にはまったくない概念です。
この技術を用いることで、次世代のクリーンエネルギーとして期待される水素を、必要なときに簡便に生成することが可能となります。エネルギー問題や環境問題の解決にもつながり得る技術と言えるでしょう。これまでの発見をベースとして、現象の完全な解明を図り、新しい学理体系の構築と応用展開に向けた研究を進めていきます。低温でも作動する触媒システムを確立し実用化できれば、水素の製造にとどまらず、家庭内や自動車など、熱源が限られた場所にも化学反応を持ち込めるようになるでしょう。従来の常識ではあり得なかったことが現実となり、新たな世界が広がっていく。その意味で、実用化はパラダイムシフトにつながる生産技術の誕生ともなるはずです。この先、私たちが開拓した細い道を歩く人がどんどん増えて、いつしかそこが高速道路になるかもしれない。そう想像する楽しみは、最初から築かれた高速道路を進んでいては味わえないものです。
未来のエネルギーのあり方は、現在のような局所集中型から、分散型へと移行していくはずです。例えば今、電気は発電所で生産され、変電所を経てオフィスや家庭へと運ばれます。これに対して未来では、コンピュータの世界と同じように、互いがネットワークでつながってエネルギーを共有しながら効率的に使う時代になると予想しています。PEPプログラムはそういった電気を中心としたエネルギーに関するプログラムです。その中で、私たちは、化学の力で、再生可能エネルギーと親和性の高いオンデマンド型プロセスを確立していきたいと思っています。