博士課程教育に革新をもたらす「国際標準化教育」の新潮流
理論から実践へ:研究と国際標準化の繋がり
卓越大学院パワー・エネルギー・プロフェッショナル育成プログラム(通称、PEP)は国際標準化演習を必修科目としている。国際標準化を学んだ学生たちは何を学んだのか。その学びをどう活かそうとしているのか。PEPでは、2025年3月に国際標準化演習の担当教員・石井英雄教授と、4人のPEP修了生との座談会を開催し、PEP修了生に問いかけた。

座長:石井英雄先生(PEP国際標準担当)
PEP修了生:小名木さん(名古屋大学修了)、永木さん(名古屋大学修了)、森さん(早稲田大学修了)、奥野さん(早稲田大学修了)※以下、敬称略
国際標準化演習がもたらした「意識の変革」
(石井)国際標準化演習を担当している石井です。よろしくお願いいたします。
大学院教育に、国際標準化を科目として設置したのは極めて珍しいことだったし、新しい取り組みだったと思っています。私自身が国際標準化だとかの仕事は色々していますが、科目を作るにあたり、体系的に国際標準を整理したときに考えたのは、まずは皆さんに関心を持ってもらうことだと考えました。皆さん、国際標準化演習を履修しての感想はどうですか。
(小名木)未知のことであり非常に興味を持って聞けました。国際標準規格を設定していく過程や、その中で日本がどうふるまい、利害関係を調整しつつ規格を作っていくかという石井先生の経験に基づくお話は非常に参考になりました。私は4月から中部電力に就職しますが、演習で基礎知識を得ているので、例えば規格会議への関わり方について深い議論ができたこともあり、非常に参考になった科目でした。
(永木)標準化をすると、その製品の品質や互換性が確保され、コスト低減に繋がることが理解できました。ソニーのFeliCa(フェリカ)の参入障壁の話では、標準化をしないことが参入障壁ととらえられて国際的規約違反に繋がるリスクもある事例を聞いて、やはり標準化は大事だと思いました。石井先生のリアルな経験談は臨場感がありました。
(森)JISをはじめとして、標準化されているものが身の回りにたくさん存在していることに気づくようになりました。製品にどういった規格が使われているのかを確認するなど、標準化を身近にとらえ、意識が高まりました。
(奥野)ある規格を国際標準とするために各国と協議する過程は、利害関係の調整・交渉など、並大抵ではない活動であると認識を改めました。私は電力会社に勤めており、大手電力10社で機器を統一しようという動きがありますが、なかなかまとまりません。やはり、規格の統一という標準化を推進するためには、周りを巻き込む力やリーダーシップが必要だと演習や石井先生のお話から学びました。
(石井)ありがとうございました。皆さん、国際標準化への関心が高まったようで大変にうれしいです。国際標準化の過程には様々なドラマがありますが、お互いを尊重して協議をすることがIECのコード・オブ・コンダクトに書いてあります。私は2020年からIECのある会議体の議長をしていますが、国際標準化に携わると、そういう世界で先端的なことをもってその場に来ている人たちと知り合いになりますし、ネットワークができるってことは極めて重要だと思っているところです。
研究活動と標準化の接点を探る
(石井)では、次のテーマに行きましょう。皆さん、博士論文の学位をとるにあたり、研究のプロセスの中で、国際標準化に関連づくことや、考慮することはありましたか?
(奥野)私の研究テーマは、配電系統に関する電圧制御の研究です。研究の中でシミュレーションを回すとき、実際の配電系統を模擬します。例えばIEEEや電気学会が規定する配電系統モデルを使ってシミュレーションをしますが、国によって送電の仕組みがそもそも異なっているので、系統の構成も全く違っているのです。ですから、私が提案した方法が、どの国では適用できるのかが分かりにくいようなところがあります。国際標準モデルがあれば、もう少し自分の研究がどこまで適用できるのかを評価でき、汎用性が高いのか、いや限定的なのかと議論ができたと思います。
(石井)大変いい実例を出していただきました。標準モデルのような話は、電力システムを解析するにあたり、結構話題になるし重要な話ですね。電力システムは各国の事情があり、なかなか国際標準にはしづらい領域ですが、国内のデファクトに近いモデルが出ている例もあります。
また、一つ覚えてほしいのは、最近は、例えば風力発電や太陽光発電が系統に連携されることになりますね。その時、やっぱりシミュレーションで扱いたいわけですが、解析モデルそのものが問題になるのです。例えばヨーロッパでは、再生可能エネルギーを連系する側がモデルを系統事業者に提出することがルール化されています。それを日本はどう受け止めてどう対応するか。日本のメーカーがヨーロッパに納品しようとしたら、ルールに則るように求められるということですよね。すると、国際的に標準となっている形式を求めるニーズが当然出てきますし、これからの大きな課題です。
(森)私の研究では太陽光発電の出力や発電量、水分量の予測を行いました。こういう予測するための入力情報として気象の情報を使うことがよくあります。日本ではMSMといった情報が使われるんですが、海外でも、いろいろな予測モデルが存在しています。しかし、日本とモデルの粒度が若干違っていました。おそらく、各国の気候条件により、必要な測定粒度の違いがあってそれぞれの国で取り決めているのだろうと思いますが、何か世界標準的なものが存在していると、国際比較も容易になり、扱いやすくなると思います。
(石井)いま話してくれた例は、IECでも議論になることが結構あります。太陽光の予測は非常に重要だという認識は世界共通で、そのためのデータは標準という文脈でも重要です。
また、これは例えばビジネス戦略に落とし込んだとき、自分たちが非常に細かい粒度のデータを測定できる技術を開発したとします。その時、これを国際標準化できたら強いですよね。こういう手法や技術が強力な武器になります。一方、反対も強いので、これそのものを規格にすることは難しい。そこで「予測するために必要なパラメータ」を規格にするアイデアが出てきます。この流れは結構一般的で、日本も積極的に議論に参加して、日本のやり方が国際標準でカバーされているかを確認し、足りないところは積極的に提案すべきだとおもいます。
(永木)私の研究テーマですが、高経年な変電設備を対象とし、それの異常診断に関する研究をしております。やはり、電力設備は各社によって系統も違いますし、環境というのも異なってきますので、そういう条件下での異常診断は、なかなか標準化するのが難しい領域です。ただし、やはり標準的な考え方というのは重要になってきていまして、全国でバラバラである現状の設備を、今後は少しずつ統一していこうとする動きもあります。例えば、カーボンニュートラルの取り組みの一つとして、植物油を使用した変圧器を導入しようとする際に、まずは国内の電力会社やメーカーが集まって、仕様を決めようとする動きもありますから、そういうところで標準化を生かしていけるのではないかと考えています。
(石井)国内に電力会社が何社かあって、仕様がそれぞれ違っているけれども、これをまず国内で統一することは、第一歩として大事なことと思います。特にバラバラ感が強いのは配電で、コストダウンの観点も含む、複数の観点から統一の流れはありますね。また、アセットマネジメントに関するテクニカルコミッティは日本が国際的な幹事を務めて進めています。ぜひ、高経年化対策や設備診断技術も、単に研究で終わらせず、国際標準化を視野に進めていただき、日本の技術や考え方が国際標準にしっかりと反映され、日本の取組がグローバルで通用する世界のルールになることを追求して欲しいと思います。
(小名木)私の研究で特に国際標準に関連するのは電気絶縁に関するところです。電気絶縁は、基本的に“何キロボルトに耐えられる機器をつくる”という規格が多いです。例えば100キロボルトの電圧に耐える機器、という規格があったときに、110~120キロボルトに耐えるように作るかというと、実はもっと高い値で耐えられるように作っています。規格はあるけれども、実用上のノウハウを各企業が持っており、それを適用しており、標準規格との乖離を感じたことがあります。
(石井)電気絶縁の領域も、ずっと以前から国際標準化の動きがあり、日本の技術者も活躍しています。小名木さんは余裕分の話をしてくれましたが、実際の運用においては、安全性を高める観点からより高品質なものを作りたいですが、絶縁性を高めるほど良いけれどコストが高くなります。つまり信頼性との兼ね合いで、どこまで合理化すればよいかという視点がありますね。絶縁体に対する試験は結構厳密に標準化されています。そして、実験に基づく提案で合理化につながった例もあります。
次世代の標準化人材育成に向けて
(石井)皆さんが行っている研究は標準化の宝庫ですね。では、最後にご自身のキャリアの中で、演習や研究の中で得た国際標準化の学びをどう活かしていきたいと考えていますか。または、演習に対する要望や感想でも構いません。
(永木)演習に何を取り入れたらよいかという観点でお答えします。受講者のそれぞれが、これが標準化できれば良いのではという意見があると思い、それをディスカッションするスタイルもよいと思いました。
(奥野)色々な機材を海外に輸出して販路を拡大するとき、やはり日本独自の規格だけでは厳しいと思っています。国内のガラパゴス状態では、他の国に打ち込もうとしたときに、適用できず、足かせになることがありそうです。ですから、国際標準を通すことを視野に入れながら規格を統一していくことの必要性を授業を受けて思いましたし、自分事としていかなければと思いました。
(森)標準化は身近に大量にあり、それを当たり前に利用している裏に、多くの人が話し合い、協議し、合意していくドラマがあるのだと感じるようになりました。今後、私は電力システム制御関連の開発に携わりますが、システム関係も含めて標準化を推し進めようとするときには、多様な分野の方たちと話し合うことでより良いものが出てくるのではと予想をしており、そういう一助になれれば良いなと思っています。
(小名木)今までは、標準化されたものを単に使う側であったのですが、電力分野の博士号取得者は、必ず全員当事者になりうると感じております。研究機関、民間企業を問わず、標準化の企画会議に自分自身が参加していく。仮に、自分自身が議論の場に参加しなくとも、その議論のファクトを積み上げること自体も標準化活動の一端であり、ぼくら全員が当事者であると感じました。
(石井)まさに当事者になっていただくことを、私は一番期待して、国際標準化の講義と演習を行ってきましたし、これが自分の役割だと思っています。ベテランになっていくと、ますます標準化活動の中心となることが出てくるでしょう。その時に、経験して、感覚でわかっているというのは、極めて強力な武器になると思います。ぜひこの国際標準化の活動をこれから日本全体で盛り上げていくというその1人になってほしいと思います。本日は、ありがとうございました。皆さんの活躍を期待しています。
以上