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東京都立大学 川上浩良先生 退任インタビューを掲載しました
「敗者復活戦」から始まった、都立大快進撃の舞台裏。
戦略家・川上浩良先生が語るPEPの意義、そして研究者人生「第2ステージ」への挑戦。―― 東京都立大学 川上浩良先生 退任インタビュー
環境応用化学域の教授として、またアドミッションセンター長などの要職を歴任する大学執行部の一員として、PEPの立ち上げと発展に尽力された東京都立大学の川上浩良先生。
「PEPへの参画は“敗者復活戦”だった」と語るその真意とは? 東京都という巨大な組織を動かした交渉術から、30年後を見据えた教育論、そして「来年が楽しみで仕方ない」と語るご自身の未来まで、エネルギッシュに語っていただきました。
■ 「敗者復活戦」の切り札。東京都を「応援団」に変えた戦略
―― まずは、PEP立ち上げ当時のお話をお聞かせください。
本間先生からお話を頂いた時、私の第一印象は「ウェルカム」そのものでした。我々の学科は「環境応用化学」。環境・エネルギーに直結するこの分野で、13大学連携という巨大なプロジェクトに参画することは、学科にとっても大学にとってもメリットしかないと直感したからです。
ただ、実現へのハードルは学内のみならず「学外」にもありました。公立大学である本学の運営には、東京都の意向が大きく関わってきます。そのため、都を説得し、PEP参加への理解を得ることが不可欠でした。
そこで私が打ち出した戦略は2つ。一つは「敗者復活戦」というロジックです。当時、本学は文科省の大型プロジェクトになかなか採択されず、苦しい時期が続いていました。「ここで実績を作らなければ、次のチャンスはない。PEPへの参画は、将来の大型案件獲得への布石になる」と訴えたのです。もう一つは、当時私がアドミッションセンター長をしていたこともあり、「入試広報への効果」を強調しました。「早稲田をはじめとする有力大学と連携し、ドクターまでの支援体制がある」ということは、高校生への強力なアピールになります。
結果として、これらの戦略が奏功し、東京都から全面的なバックアップを得られることになりました。東京都を我々の「応援団」に変えることができた。今思い返しても、あれが一番大変で、かつ最大のファインプレーでしたね。
■ マテリアル×電力。異分野の「壁」こそが学びになる
―― マテリアル(材料)系の学生が、PEPで電力システムを学ぶ意義をどうお感じですか?
最初は学生も戸惑ったと思いますよ。自分の専門外のことですから。しかし、これからの時代、一つの専門性だけで解決できる社会課題など存在しません。
例えば、私の研究室では水素エネルギー材料や電池材料を開発していますが、その材料が社会で実装される時、電力系統全体の中でどう機能するのか? メイン電源なのか、バックアップなのか、それともハイブリッドなのか? その位置づけによって、求められる材料のスペックもコストも変わります。
PEPのカリキュラムは、いわば「強制的に」その視点を持たせるものです。電力系の講義を受け、企業のコンサルティング教員から「コストはどうなってるんだ」「実用化のプロセスは?」と厳しいツッコミを受ける。研究室の中だけでは決して学べない「全体像」を見る力が、学生たちに確実に備わりました。
先生方とともに「30年後に必要な人材」から逆算して設計したこのカリキュラムは、彼らが社会に出た時にこそ、その真価を発揮すると確信しています。
■ 失敗も含めて共有する。PEPが生んだ「オープンな空気」
―― 13大学連携の手応えはいかがでしたか?
特に印象深いのは、やはり学位審査ですね。通常の学会発表では、基本的に「成功したデータ」しか見せません。きれいな部分だけを切り取って発表するものです。
しかし、PEPのドクター発表会は違います。成功に至るまでの泥臭いプロセス、失敗した実験、試行錯誤の歴史まで全てさらけ出して議論します。特に、分野が近い先生方とは、学生が互いの研究室を行き来して実験するなど、実質的な研究交流が生まれました。
「あ、そこが壁になるのか」「こういうアプローチは失敗するのか」といった、論文には書かれない「生きた知見」を教員同士も共有できる。あのオープンな空気感と、切磋琢磨できる環境こそが、PEPの真骨頂だったと思います。
■ 学生へのメッセージ:君たちが学ぶ「エネルギー」こそ、社会の根幹だ
―― 学生たちへメッセージをお願いします。
私が専門とする環境応用化学の根幹にあるのは、やはり「エネルギー」です。気候変動や環境破壊が深刻化する中、環境問題とリンクさせながらエネルギー政策をどう進めるか。皆さんは、その最前線の知識と広い視野をPEPで身につけました。実社会に出た時、皆さんはその真価を実感し、必ずや社会の中心で活躍することでしょう。
それからもう一つ、研究者として生き残るためのアドバイスを贈ります。それは「複数の研究を並走させる」ことです。研究費を獲得するために、その時々の流行りやニーズに合った研究でしっかりと予算を確保する。その一方で、自分が本当にやりたい研究も、細々とでもいいから続けておくのです。私自身、常に4つも5つもテーマを持っていました。複数の柱があれば、一つの流行が去っても、また別の柱に時代が追いつき、日が当たる時が必ず来ます。トレンドを追いかけるのではなく、トレンドが来るのを待ち構える。そんなしたたかな戦略を持って、研究者人生を歩んでほしいと思います。
■ 来年からが「第2ステージ」。研究への情熱は止まらない
―― 最後に、先生ご自身の今後について教えてください。
PEPの運営や大学の執行部としての仕事は一区切りつきますが、研究者としてはこれからが「第2ステージ」の本番です。
実は、NEDOの燃料電池関連の大型プロジェクトが採択され、これから5年、さらにその先を見据えた研究が始まります。また、東京都のプロジェクトとして進めている感染症対策の研究も佳境を迎えており、数年後には創薬系ベンチャーを設立する計画も進んでいます。
正直に言うと、来年が楽しみで仕方ありません。大学の細々とした雑務から解放されて、朝から晩まで研究とプロジェクトに没頭できるわけですから。
国の委員なども務めているので、政策の動向をキャッチしながら、トレンドを待つのではなく「トレンドを作る」側として、まだまだ攻め続けていきます。PEPで育った学生たちに負けないよう、私自身も新しい挑戦を楽しみたいと思います。
(編集後記)
「東京都との交渉が一番大変だった」と語りながらも、その表情はどこか楽しげで、難局を打開することすらエンターテインメントに変えてしまうような力強さを感じました。常に戦略的に物事を捉え、30年後の未来を見据える川上先生。「来年が楽しみで仕方ない」と少年のように目を輝かせて語る姿に、退任という言葉は似合いません。川上先生の「第2ステージ」の快進撃は、ここからが始まりのようです。8年間、本当にありがとうございました!

